<第11回>2009.11
第一回  クリスマス・オラトリオ (J.S.バッハ) 第七回   W.A.モーツァルトと旅 2
第二回  ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」Op.125 第八回   W.A.モーツァルトと旅 3
第三回  新日本フィルハーモニーのハイドン・プロジェクト 第九回   ヘンデルとオラトリオ
第四回  歌曲集「冬の旅」(F.シューベルト) 第十回   モーツァルトと短調の曲
第五回  オペラの演出について 第十一回  モーツァルトと長調の曲
第六回  W.A.モーツァルトと旅 1 第十二回  ベートーヴェン:後期弦楽四重奏曲


〔第1回〕


〔第2回〕


〔第3回〕


〔第4回〕


〔第5回〕


〔第6回〕



〔第7回〕


〔第8回〕


〔第9回〕


〔第10回〕


〔第11回〕


〔第12回〕


〔第13回〕


〔第14回〕


〔第15回〕


〔第16回〕


〔第17回〕


〔第18回〕



〔第19回〕


〔第20回〕


〔第21回〕


〔第22回〕


〔第23回〕


〔第24回〕

モーツァルトと長調の曲

  

前回は、モーツァルトの短調の作品についてお話しいたしました。そこで述べたよ うにうに、モーツァルトにとって短調は特別の調性と考えられることが多いという前 提でありました。今回は、彼の長調作品にふれててみたいと思います。

  モーツァルトの長調には、彼の音楽の本質と言えるものが存在すると思う。モーツ ァルトの音楽は、人の呼吸そのものと言える流れを持っている。私が音楽を聴き始め た頃、特に演奏会で、モーツァルトの演奏がなり出すと、他の作曲家の曲と違って何 か心が共感するのを覚えた。これは何故だろうかと思った。モーツァルトは、他の天 才作曲家と何か違うなと思った。そのうちに彼の音楽は、自然に、無理なく、一緒に 呼吸できる音楽だとわかった。

  十代の終わり頃聴いた、ヴィーン八重奏団の「ディヴェルティメントニ長調KV136」 のレコードは、今でも忘れられない。1961年の録音で、A.フィーツが第一ヴァイオリ ンを受け持っていた。明るいニ長調を伸びやかに歌い出し、最初の一音から胸の中に 飛び込んできた。そして、その明るさの中に青春の悲哀が交差していた。一緒に入っ ていた同じ「ディヴェルティメントニ長調KV334」すばらしい演奏であった。2本の ホルンと弦楽四部(チェロとコントラバスが同パート)の作品で、6楽章から成る。

 伸びやかに開始する第1楽章、主題と変奏による第2楽章では、その第四変奏でホル ンのすばらしいデュエットが聴かれる。第3楽章は、曾て「モーツァルトのメヌエッ ト」と言われた優美なメヌエット。アダージョの第4楽章は、優雅な美しさを持った 緩徐楽章。第5楽章は、再びメヌエットでこちらは快活さに満ちている。フィナーレ の第6楽章は、まさにモーツァルトの最高のひとときを与えてくれる音楽である。こ の曲は、母を亡くし、失恋を味わった「パリ・マンハイム旅行」から戻った1779年ザ ルツブルグで作曲された。至る所に哀しみを滲ませた「ニ長調」である。

  このレコードは、当時2,000円で購入したが、今では、1,000CDで買える。その頃 は、大学卒の月給が二万円弱で殊を思うと、レコードが如何に高価でで貴重なもので あったかと改めて思う。今でもこのLPは、時々聴いている。私にとって、モーツァ ルトを天才として聴き始めた大事なレコードである。

  その頃のレコードで、今思い出せる長調の曲では、W.バックハウスのピアノでK.ベ ーム指揮のヴィーンフィルの「ピアノ協奏曲第27番変ロ長調KV595」である。ベート ーヴェン弾きとして知られていたバックハウスの数少ないモーツアルトの演奏、しか もベーム〜VPOということで、とても興味深く聴いた。1955年のかなり古い録音であ ったが、曲趣もあり派手さはないが、じっくり心の中に入り込んでくる演奏を好んで 聴いていた。これとは対照的に、華やかな演奏のレコードとして、J.F.パイヤール指揮 〜パイヤール室内管弦楽団〜J.P.ランパルのフルート、L.ラスキーヌのハープで演奏さ れた「フルートとハープのための協奏曲ハ長調KV299」がある。明るいハ長調が基調 で、爽やかで明快な中にも哀愁を帯びた部分も随所に現れる。カップリングされた「ク ラリネット協奏曲イ長調KV622」も死の一ヶ月ほど前の作品で、落ち着いた人生の夕 暮れへの思いのような作品で、彼の竿後の協奏曲である。私は、このクラリネット独 奏のJ.ランスローの細かいビブラートの演奏が、徐々に耳に馴染まなくなってきた。

 古い演奏だが、L.ヴラッハVPOのヴィーンのクラリネットが好きである。新しいヴィ ーンの音では、A.プリンツやシュミードルのクラリネットが良い。同じ晩年の「クラ リネット五重奏曲イ長調KV581」ヴラッハとヴィーンコンツェルトハウス四重奏団や シュミードルやプリンツのヴィーンフィルのメンバーによる演奏を好んで聴いた。

  モーツァルトの長調作品も、あげるときりがないほどで在るが、もう四半世紀近く 前になるが有名な映画「AMADEUS」で使われた音楽も映像と共に聴いて印象に残るも のとなた。「ピアノ協奏曲第22番変ホ長調KV482」「ヴァイオリンとヴィオラと管弦 楽のための協奏交響曲変ホ長調KV364」「セレナード変ロ長調〜グランパルティータ    KV361」など多くの長調の音楽が使われていたが、その中に一抹の哀しみを感じさせ ていた。

 「AMADEUSU」を観ながらモーツァルトの音楽は、鑑賞者が自然に呼吸できる、この 上ないすばらしい映画音楽である。

  無数にあると言えるモーツァルトの作品だが、最後に私が気に入っているものの一 つをを紹介しておく。それは、1960年代のP.カザルス指揮〜マールボロ音楽祭のライ ヴ録音である。「後期6大交響曲」が演奏されていて、カザルスの逞しい精神が、モ ーツァルトを通して伝わってくる。特に「交響曲第39番変ホ長調KV543」は、これ 以上の歌があるのかと思わせる美しい「白鳥の歌」である。

 

ンケン 音楽顧問
伊賀美 哲[いがみ さとる]
 
国立音楽大学声楽科卒業。波多野靖祐、飯山恵己子諸氏に師事。現在、田口宗明氏に師事。指揮法を故櫻井将喜氏に師事。1982年、第7回ウイーン国際夏季音楽ゼミナールでE.ヴェルバ、H.ツァデック両 教授の指導を受ける。1985年フィンランドのルオコラーティ夏季リート講座で、W.モーア、C.カーリー両教授の指導を受け、その後W・モーア教授にウ イーン、東京で指導を受ける。1986年から毎年、リートリサイタルを開催、シューベルトの歌曲集「冬の旅」、「美しい水車小屋の娘」、「白鳥の歌」、 シューマンの歌曲集「詩人の恋」等を歌う。千葉混声合唱団では、ヘンデル「メサイア」、モーツアルト「レクイエム」、J.S.バッハ「ミサ曲ロ短調」「マタイ受難曲」などを指揮する。現在、千葉混声合唱団、かつらぎフィルハーモニー指揮者。