<第10回>2009.10.

第一回  クリスマス・オラトリオ (J.S.バッハ) 第七回   W.A.モーツァルトと旅 2
第二回  ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」Op.125 第八回   W.A.モーツァルトと旅 3
第三回  新日本フィルハーモニーのハイドン・プロジェクト 第九回   ヘンデルとオラトリオ
第四回  歌曲集「冬の旅」(F.シューベルト) 第十回   モーツァルトと短調の曲
第五回  オペラの演出について 第十一回  モーツァルトと長調の曲
第六回  W.A.モーツァルトと旅 1 第十二回  ベートーヴェン:後期弦楽四重奏曲


〔第1回〕


〔第2回〕


〔第3回〕


〔第4回〕


〔第5回〕


〔第6回〕



〔第7回〕


〔第8回〕


〔第9回〕


〔第10回〕


〔第11回〕


〔第12回〕


〔第13回〕


〔第14回〕


〔第15回〕


〔第16回〕


〔第17回〕


〔第18回〕



〔第19回〕


〔第20回〕


〔第21回〕


〔第22回〕


〔第23回〕


〔第24回〕

モーツァルトと短調の曲

  

今回は、モーツァルトの短調の作品についてお話ししたいと想います。

  W.A.モーツァルトは、交響曲・オペラ・室内楽・宗教音楽をはじめ数多くのジャンルにわたり作曲している。それらの作品は、同時代の作曲家、ハイドンやベートー ヴェンにに比べて短調の作品が少ない。そして、ハイドン・ベートーヴェンが、長調 ・短調を選択する過程と違いがあるように思える。モーツァルトの場合は、彼ら以上 に悲しみ・憂いを帯びていて、その時のモーツァルトの内面に何かあったかと想像し たくなるような作品が多い。

  主な短調作品を以下にあげてみる。最後の未完の作品となった「レクイエム」ニ短 調KV626, 同じく未完のミサ曲ハ短調 KV427, 交響曲第40番ト短調KV550、小ト短調 交響曲と呼ばれるKV183, ピアノ協奏曲第20番ニ短調KV466, 同第24番ハ短調KV491,  弦楽五重奏曲ト短調KV516, 木管セレナーデハ短調KV388, 弦楽四重奏曲第15番ニ短調 KV421, ヴァイオリン・ソナタホ短調KV304, ピアノ・ソナタイ短調KV310 などがあげ られる。ここで言う短調の曲というのは、ソナタ形式を持つ楽曲では、第1楽章ソナ タ形式の主要主題が短調である曲。前掲のレクイエム及びミサ曲は冒頭楽曲が短調で 全曲の基本調性となる。その他に、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」序曲のニ短調の序 奏やアリアなどに短調の楽曲がある。「フィガロの結婚」第4幕のバルバリーナのヘ 短調のカヴァティーナ、「魔笛」第2幕のパミーナのト短調のアリアなど短調の潤い を持った美しい楽曲だ。他にピアノ協奏曲第23番イ長調どの第2楽章のように嬰へ短 調の憂いに満ちた楽章もある。

  それでは、個々の楽曲について触れてみたい。まず二つのト短調交響曲。第25番は 17歳の177310月に完成された。最後のイタリア旅行からザルツブルグに戻って約2 ヶ月後に作曲された。このイタリア旅行帰国直後、イタリアの影響を打ち出した4曲 の交響曲が作曲されるが、小ト短調の第25番は、ヴィーン宮廷の伝統的な音楽の流れ に向かって行った作品と言える。この時期にモーツァルトの内面に何かあったと考え るとすると、大司教コロレドへの失望が影響しているとも思える。それが17歳の青年 の燃えるような情熱のように噴き出したのではないだろうか。さらに、第40番ト短調 交響曲は、17886月から8月上旬の僅か2ヶ月余りの間に作曲された最後の大きな 3曲の作品のうちの一つである。このト短調交響曲は、全楽章すばらしい完成を見せ ている。悲しみ・熱情・憧れ・安らぎが美しく交差する。短時間のうちに作曲された 息も付かせぬ閃きを感じさせる。第1楽章第2主題のような半音階の動きが随所に見 られる。特に終楽章のアルペッジョの劇的とも言える動きが、半音階を多用し目まぐ るしいほどの転調を見せる。

  この交響曲(他の2曲を含めて)が作曲された目的については、今までいろいろと

 推測されてきたが、確かな結論は出ていない。ロンドン公演節やアリタリア社からの

  出版説、又はヴィーンでの予約演奏会等推測されてきた。いずれにしてもこの交響曲 が与える哀しみ・情熱は、他の作品にみられない凄さがある。

  ト短調作品には、弦楽五重奏曲第3番KV516, ピアノ四重奏曲第1番KV478の2曲 がよく知られている。殊に弦楽五重奏曲ト短調は、大ト短調交響曲に繋がってゆく趣 きを感じさせられる名曲である。

  次に、ニ短調KV466とハ短調KV491の2曲の短調のピアノ協奏曲がある。1785年に 作曲されたニ短調協奏曲は、今までのモーツァルトのピアノ協奏曲の華やかなギャラ ンティな様式から、突如内省的趣向を持つ作品の出現となった。モーツァルトに次ぐ  ベートーヴェンの音楽に通じてゆくような音楽である。さらには、1年後の1786年曲 されたハ短調協奏曲の冒頭を聴くと、誰でもベートーヴェンの音楽が連想されるほど である。

  又、弦楽四重奏曲第15番ニ短調KV421や前述のピアノ協奏曲ニ短調、「ドン・ジ ョヴァンニ」や最後の未完のレクイエムなどニ短調を基調とする作品は、死の想いと 何か通ずるものがある。そう言えば、シューベルトの歌曲「死と乙女」もニ短調であ った。

  何と言ってもモーツァルトの作品の魅力は、長調にその本質的な魅力を感じさせる が、モーツァルトの短調作品は、その時々の内面の告白のように、ある種の影を覗か せているようである。

  ト短調交響曲KV550は、ハ長調交響曲「ジュピター」KV551が同じ時期の作品であ る。弦楽五重奏曲ト短調KV516も同時期に弦楽五重奏曲ハ長調KV515が作曲されてい る。さらに、ニ短調ピアノ協奏強曲KV466とハ長調ピアノ協奏曲KV467も同時に作曲 されている。このように、これらの短調作品は、長調の楽曲平行して生み出されている。  就職活動と言われる「マンハイム・パリ旅行」は、パリでは母を亡くした上に就職 活動もうまくいかず、さらにアロイジアに失恋の痛手をも受ける。そのような傷心の 思いが表れていると思われる二つの短調作品が生まれている。ヴァイオリンソナタ

 ホ短調KV304とピアノソナタ イ短調KV 310である。この頃のモーツァルトの作品は、

 青春の明るい生き生きとした名作が多く生まれているが、この二曲には、この旅行中 の哀しみが染み込んでいるようだ。  この他にも、短調作品はまだあるが、前述したような中間楽章に短調がとられたり、 オペラや宗教曲のアリアなどに短調が選ばれている者もある。

 

 

ンケン 音楽顧問
伊賀美 哲[いがみ さとる]
 
国立音楽大学声楽科卒業。波多野靖祐、飯山恵己子諸氏に師事。現在、田口宗明氏に師事。指揮法を故櫻井将喜氏に師事。1982年、第7回ウイーン国際夏季音楽ゼミナールでE.ヴェルバ、H.ツァデック両 教授の指導を受ける。1985年フィンランドのルオコラーティ夏季リート講座で、W.モーア、C.カーリー両教授の指導を受け、その後W・モーア教授にウ イーン、東京で指導を受ける。1986年から毎年、リートリサイタルを開催、シューベルトの歌曲集「冬の旅」、「美しい水車小屋の娘」、「白鳥の歌」、 シューマンの歌曲集「詩人の恋」等を歌う。千葉混声合唱団では、ヘンデル「メサイア」、モーツアルト「レクイエム」、J.S.バッハ「ミサ曲ロ短調」「マタイ受難曲」などを指揮する。現在、千葉混声合唱団、かつらぎフィルハーモニー指揮者。